
タイに住む日本人が減っている。そんな話を聞く機会が、ここ数年でかなり増えた。
実際、タイ政府関連統計を見ると、その変化は数字にもはっきり表れている。
特に象徴的なのが、日本人のワークパーミット(WP)取得者数の減少だ。
日本人のワークパーミット取得者数は、ピークだった2017年頃には約3万5千人規模に達していたが、2025年時点では約2万1千人前後まで減少しており、わずか数年で3割以上減少したことになる。
コロナ前と比較しても大きな減少であり、「旅行者数が戻らない」という話だけではなく、“タイで働く日本人そのもの”が減っているという現実がある。
これは単なる一時的な変化なのか。
それとも、「日本人とタイ」の関係性そのものが変わり始めているのだろうか。
かつてのタイは「日本人駐在員大国」だった
少し前まで、タイは日本企業にとって東南アジア最大級の拠点だった。
特に、「自動車産業」「製造業」「商社」「建設」「金融」「物流」など、多くの日系企業がタイへ進出していた。
バンコクやシラチャでは、日本人向けマンション、日本食レストラン、日本人学校、日本語対応病院などが次々と増え、「日本人コミュニティ」が大きく形成されていった。
実際、タイは長年にわたり「世界有数の在留日本人数を抱える国」の一つだった。
特に2010年代中盤までは、「海外赴任=タイ」というイメージを持つ人も多かったと思う。
そして、それを支えていたのが大量の日本人駐在員だった。
しかし、2017年を境に流れが変わり始める
日本人ワークパーミット数は2017年前後をピークに減少傾向へ入っていくが、これはコロナの影響は非常に大きい。
2020年以降、多くの駐在員が一時帰国し、海外赴任そのものを縮小する企業も増えた。ただ、興味深いのは「コロナ後も完全には戻っていない」という点だ。
観光客数は徐々に回復している一方で、働く日本人の数は以前ほど戻っていない。
これは単純な一時的減少ではなく、企業構造や働き方そのものが変化している可能性を示している。
リモート化で「日本人を現地に置く必要」が減った

この変化の大きな理由の一つが、リモートワークの普及だ。
以前は、タイの駐在員は以下のような役割を行っており、すべてを潤滑に進めるためには多くの日本人駐在員が必要とされていた。
- 現地管理
- 工場監督
- 日本本社との橋渡し
- 営業管理
- 品質管理
しかし現在では、ZoomやTeamsなどでオンライン会議が簡単に行え、Slackやクラウド管理などの普及によって、日本からでも一定のマネジメントが可能になっている。
つまり、「必ずしも日本人を現地常駐させなくても回る」時代になってきた。
特にコロナ期間中、多くの企業が“駐在員なしでも何とか運営できる”ことを経験してしまったのはかなり大きい。
企業側から見れば、海外駐在コストや住宅補助、保険、ビザ関連費用など、日本人駐在員には非常に大きなコストがかかる。
そのため、「本当に日本人を現地に置く必要があるのか」が以前より厳しく見直されるようになった。
タイ自体の立ち位置も変わってきた
さらに、タイそのものの立ち位置も変化している。
かつてタイは、「東南アジアの製造拠点」として圧倒的な存在感を持っていた。
しかし現在では、ベトナム、インドネシア、マレーシア、インドなどへ投資先を分散する企業も増えている。
特に近年は、ベトナムやインドへ工場を移す企業も多いが、背景には人件費上昇や少子高齢化、タイバーツ高、労働力不足などがある。
つまり、タイ一極集中だった時代が終わりつつあるのだ。
「日本人管理」から「現地化」への流れ
もう一つ大きいのが、“現地化”の進行である。
以前の日系企業では、「管理職=日本人」というケースが非常に多かった。
しかし現在では、優秀なタイ人スタッフも増えており、ローカル人材への権限移譲が進んでいる。
実際、タイ人マネージャーやローカル責任者、英語ベース組織などへ移行する企業もかなり増えた。
これは企業にとって自然な流れでもある。なぜなら、現地市場を理解しているのは現地人材だからだ。
加えて、日本人駐在員はコストも高い。そのため、「本当に日本人でなければいけない仕事」だけが残り始めており、結果として、日本人ワークパーミット数も減少している。
若い日本人の「海外志向」も変化している
さらに、日本人側の変化もある。かつては、「海外赴任=キャリアアップ」というイメージが強かった。
しかし最近では、海外勤務を希望しない、家族帯同を避けたい、日本国内志向、安定志向などの傾向も強くなっていると言われる。
また、タイに限らず海外駐在は、
- 長時間労働
- 異文化ストレス
- ビザ問題
- 子供の教育問題
など負担も大きい。
そのため、以前ほど「海外赴任人気」が高くないという側面もある。
それでもタイは重要な国であり続ける
ただし、「タイが終わった」という話ではない。
今でもタイには多くの日系企業が存在し、日本との経済的結びつきは非常に強い。
特に、「自動車関連」「部品産業」「食品」「小売」「サービス業」などでは、日本企業の存在感は依然として大きい。
また、タイは東南アジアの中でも、インフラ、医療、生活環境、日本人コミュニティが整っており、日本人にとって生活しやすい国であることは変わらない。
実際、観光地としての人気も依然高い。ただ、以前のような「大量の日本人駐在員で成り立つ時代」からは、確実に変化している。
「日本人が多いタイ」は変わっていくのか

ワークパーミット数の減少は、単なる数字以上の意味を持っている。
それは、日系企業の変化や働き方の変化、タイ経済の変化や日本人の価値観変化が重なった結果でもある。
かつてのタイは、「日本人が大量に働く国」だった。
しかしこれからは、「必要な専門人材だけが残る国」へ変わっていくのかもしれない。
そしてその変化は、タイの日系社会や日本人向けビジネスにも大きな影響を与えていくだろう。
日本人学校、日本食レストラン、日系サービス業、携帯ショップ、不動産。
これまで“日本人の多さ”を前提に成り立っていたビジネスモデルは、今後見直しを迫られる可能性がある。
タイで働く日本人が減っている。
その事実は、単なる統計ではなく、「タイと日本の新しい関係性」が始まりつつあることを示しているのかもしれない。

